BLACK DODO DOWN

HN:影月。「怪」のつくものを好み、特撮・ゲームを中心に、よしなしごとをそこはかとなく書き付くる。

ニートの歩き方

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 京大卒という学歴を持ちながらも、就職したものの世間一般の人間のように勤め続けることにどうしても耐えられず退職。以来「日本一のニート」を目指し、インターネットを最大限に駆使しながら働かずに生きる暮らしを実践しているphaさんがブログやツイッターなどで語ってきた言葉がまとめられた一冊。「働かざる者食うべからず」という言葉に対して真っ向から「嫌いだ」と言い切り、働かなくても人間は生きていてもいいというスタンスを掲げ、これだけ情報技術が発達した世の中ならば、働かなくてもやり方次第で何とか生きていけるという生活の様子を紹介しながら、世間や常識に縛られずに無理なく生きていくためのヒントが記されており、読んでいてとても得るところの多い本でした。既に多くの方がネット上に優れた書評を載せていますので、私は読んでいて特に印象に残った文章を紹介させていただきます。

そもそも、頑張ったり我慢したりしないと良い仕事ができないという考えが間違っていると思う。努力で達成できることもなくはないけれど、世の中にある本当に良いものっていうのは、努力とか頑張りとかそういうゴリゴリした感じで作られたのではなく、もっと軽やかに自然な形で作られたものじゃないだろうか。自分の経験を振り返ってみてそう感じる。
(p.114)

 ルネサンス期の天才彫刻家ミケランジェロが自らの作品作りについて語ったとする言葉として、「彫るべき像の姿は彫る前から既に石の中に存在する。自分はただそれを石の中から掘り出してやるに過ぎない」という大意のものがあります(「ジョジョの奇妙な冒険」第5部にも出てくる言葉なので有名だと思います)。また、日本でも夏目漱石が自分の見た夢を題材にした超短編幻想小説集「夢十夜」の「第六夜」にもこれとよく似た言葉が出てきます。言うまでもなく漱石は明治の人間ですが、夢の中ではなぜか鎌倉時代の天才仏師・運慶が仁王像を彫っています。漱石がそれを見に行くと、現場は同じようにそれを見に来た野次馬で黒山の人だかり。しかし運慶は野次馬を一切気にすることなく、見事な腕前でノミを振るって仁王像を彫っていきます。それに感心した漱石がよくああも上手に彫れるものだと思わず呟くと、一緒にそれを見ていた男が「あれは眉や鼻をノミで作っているのではなく、木の中にあの通り埋まっている眉や鼻を掘り出すだけなのだ」と漱石に言うのです。
 上に引用したPhaさんの言葉から、私はこのミケランジェロと運慶の話を思い出しました。天才彫刻家と一緒にするのはおこがましいのですが、私も本当に心から納得のゆく小説を書けたときというのは、さんざん悩んで頭の中からひねり出したのではなく、最初から書くべきものが頭の中にはっきりとあり、あとはキーボードを打ってそれを文章にしていったら大した努力もせず、苦労も感じずに出来上がった、というのがほとんどです(そういう作品が書けるのは1年に1回あるかないかぐらいですが)。周りから無理強いされたり、なんとかして作ってやろうと無理やりひねりだそうとしても、そういうものは決して生まれてはきません。上のPhaさんの言葉には心から共感し、創造という活動はもっと自然に、無理なく行われるべきだと思いました。
 しかし、残念ながら世の中はみんながみんなそのようにできるとは限りません。先ほどの漱石の話には続きがあります。男の話を聞いた漱石はなるほど、彫刻とはそんなものかと納得したところまではよいのですが、それなら誰にでもできるのではないかと、明治を代表する文豪とは思えない浅はかな考え方をしていまいます。結果、家に帰った漱石は家にあった薪から仁王像を彫ろうとするものの当然うまくいくはずもなく、「明治の木にはとうてい仁王は埋まっていないものだと悟った」というなんとも残念な解釈をして話は終わります。言うまでもなく、漱石が仁王を彫れなかったのは木のせいではなく漱石自身の問題なのですが。運慶のように木の中に仁王を見出すことができる人もいれば、漱石のようにできない人もいる。ただ、漱石は仁王像を彫ることはできなくても紙とペンを使って自分の頭の中にあるものを優れた小説として掘り出すことができました。特に苦労を苦労と感じることなく、気が付いたら一本の木から仁王像を彫りあげていた。みんながそのように働くことができれば、本当に素晴らしいのですが・・・。

 運慶の話を含む「夢十夜」は、下のリンクから全文読むことができます。興味のある方は一読をお勧めします。「第三夜」は漱石の書いた怪談として特に有名ですね。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html