BLACK DODO DOWN

HN:影月。「怪」のつくものを好み、特撮・ゲームを中心に、よしなしごとをそこはかとなく書き付くる。

一般市民に支持される悪の組織

 はっきり言ってしまえば、私はヒーローよりも悪の組織が好きなのです。あらゆる宗教において神と敵対する強大な悪魔が存在するのは、それを倒す神の偉大さを示すためといいますが、それと同じように恐ろしく、そして魅力的な悪の組織の存在なくして、それを倒すヒーローに魅力や畏敬を感じることはできません。

 悪の組織はなぜ悪の組織なのか。「悪」の定義を明確に決めることはできませんが、なんらかの社会上の常識やルールに反する活動を行ったり思想を持ったりしているという点は、悪の組織の最大公約数的な特徴であることは間違いないでしょう。それゆえに、彼らは我々一般市民の支持を得ることはほとんどありません。ショッカーの目的は選ばれた優秀な人間を改造人間に改造し、人類を支配すること、いわば全人類の奴隷化ですから、支持されるはずがありません。死ね死ね団にいたっては全ての日本人の抹殺、日本という国家そのものの消滅が目的ですから、日本人である限り支持どころか何としても叩き潰さなければならない組織です。

 悪の組織でありながら一般市民に支持されている、あるいは一般市民と仲の良い悪の組織など、「天体戦士サンレッド」のフロシャイム川崎支部ぐらいでしょうか。まぁ、彼らはあまりにも地域住民に溶け込んでいるので、もはや正しい意味での悪の組織とはいいがたいのですが。

 ところが、私の知る限り一つだけ、れっきとした悪の組織でありながら一般市民に支持された組織が存在します。それも、意外なところに。

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」は、日本人ならば死ぬまでに一度は見ろ!と断言できる名作ですが、この中でしんのすけ達の敵として「イエスタデイ・ワンスモア」という組織が登場します。

 映画の中ではしんのすけ達の暮らす春日部をはじめとする全国に「20世紀博」という60〜70年代の日本をモチーフにしたテーマパークが開かれており、大人たちはその内容の懐かしさに夢中になりリピーターが続出。その影響はテーマパークの外にまで広がっており、電気店では白黒テレビが飛ぶように売れ、レトロな車が走っているのを頻繁に見かけるような状況になっています。

 しかし、「20世紀博」の裏にはある秘密組織が存在していました。その名は「イエスタデイ・ワンスモア」。ジョン・レノンオノ・ヨーコを彷彿とさせる謎の男女・ケンとチャコをトップとするこの組織の目的は、「21世紀」を終わらせ、日本を「20世紀」の頃にまで戻すこと。そのための足掛かりとして20世紀博を開き、大人たちを20世紀のもつ郷愁の虜にすることに成功した彼らは、ついに計画を最終段階に移行。ある夜、20世紀博からの放送を見た大人たちは突如大人であることを放棄したように子供のように遊び始め、やがてハーメルンの笛吹き男の故事のように、20世紀博からの迎えのオート三輪に大挙して乗り込み、子供たちを置き去りにしていってしまいます。残されたしんのすけと仲間たちは、両親を取り返すために、そして、奪われた「21世紀」を取り戻すために、20世紀博に乗り込む・・・というのが、大まかなストーリーです。

 イエスタデイ・ワンスモアの目的は、ショッカーのような「支配」でもなければ、死ね死ね団のような「排斥」でもありません。劇中でのケンの言葉を借りれば、汚い金と生ゴミばかりがあふれる現実の21世紀を捨て、未来に希望を持つことができた20世紀へと日本を戻す、いわば理想の世界づくりです。重要なのは、彼らはその目的の達成のために、ショッカーが人間をさらって改造人間にしてしまうような強制的な手段は行使していないところです(ただ、大人と違って「懐かしさ」という感情を持たないがゆえに自発的に仲間になるように仕向けられない子供たちについては、捕獲して「再教育」を施すという強制的手段をとるつもりだったようですが)。組織の巧みな誘導によるものとはいえ、大人たちが20世紀博へと向かったのは、少なくとも組織と同じ「あの頃に戻りたい」という願望を誰もが潜在的に持っていたためであり、一般市民と組織との間でその理想に一定の合意があったという点において、イエスタデイ・ワンスモアは特異な悪の組織であったと思います。

 岡田斗司夫氏が世界征服についてその目的、支配者のタイプ、具体的な手順、さらには「悪」とは何かといったところまで様々な角度から語った著書「世界征服は可能か?」において、岡田氏はその結論において次のように書いています。

「悪」とは、何か? それは人々の幸福を破壊する行為のことです。
そして人の幸福感とは「その時代の価値観」で決まります。つまり「その時代の価値観=幸福感」にダメージを与える行いや言論こそ「悪」なのです。

 私たちの暮らす現在の世界においては、「前進」「進歩」「発展」「向上」こそが善であり、美徳であります。昨日より今日、今日より明日、国家から個人に至るまで、あらゆる人間が前に進むことを求められます。この世界において、その場にとどまること、過去へと戻ることは「悪」に他なりません。「ALWAYS 三丁目の夕日」を見て一時のノスタルジーに浸ることは許されても、いつまでもノスタルジーに浸り続けることや、ましてやあの時代に戻ることは、我々の時代においては許されざる「悪」なのです。それを真っ向から実現してみせようとしたイエスタデイ・ワンスモアは、まさしく岡田氏の言うところの「悪」でありながら一般市民の潜在的な願望を実現しようとした、稀有な悪の組織として記憶されるべきでしょう。

「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書)

「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書)