BLACK DODO DOWN

HN:影月。「怪」のつくものを好み、特撮・ゲームを中心に、よしなしごとをそこはかとなく書き付くる。

SSSS.GRIDMAN 第12話感想

 ルーブと同じく、こちらもついに最終回。いろいろと謎を残したまま最終回に突入しましたが・・・。

 まず、アレクシス。彼がどこからやってきたのかは最後までわかりませんでしたが、カーンデジファーと同じくハイパーワールドの犯罪者であることは間違いないでしょうね。ただ、アカネを利用した目的については、要は不死身であるがゆえにどうしようもない虚無感を抱えていて、それを埋めるためにアカネの激しい情動を利用しようとしていたという、思いっきり個人的な理由だったのが、昔ながらの世界征服を企んでいたカーンデジファーとは対照的に、いかにも今時の悪役でしたね。ゲキレンジャーのロンといい、不死身から来る退屈を持てあましてる奴は、どうしてそれを紛らわすために他人を巻き込む迷惑な奴らばかりなのか。一人でガンプラでも作ってればいいのに。まぁとにかく、街やそこに住む住民には全く興味を見せなかったこと、アカネの抱える激情の表象である怪獣にこだわっていた理由は、これで納得できました。

 アカネを取り込んだアレクシスが巨大化し、いよいよグリッドマン同盟も全員が集結して最終決戦へ。最初は内海が勝手に盛り上がって六花が乗り気じゃなかったのが、自分には何もできないと意気消沈していた内海に六花が発破をかけるという逆の構図になっていたのがよかったですね。そして、裕太と新世紀中学生、アンチの腕に現れるアクセプター。デザインが特撮版のものだ!と思う間もなく、特撮版の姿で変身するグリッドマン、そして流れる「夢のヒーロー」! いやぁ、いつか来るとは思ってましたが、やっぱり想像以上に最高のかたちで出してきましたね。アクセスコードを入力する画面で、この番組のタイトル「SSSS」が「Special Signature to Save a Soul GRIDMAN」であることがわかりましたが、「魂を救うための特別な名前」というのは、やはりグリッドマンは人の心を救うヒーローなんだなあという、素晴らしい言葉ですね。

 特撮版さながらのコンピューターワールドの光景となった街を舞台に、ついに始まるグリッドマンとアレクシスの決戦。スパークビーム、ネオ超電導キック、グリッドライトセイバーと、懐かしい技を次々に繰り出すグリッドマンですが、アレクシスはそれを喰らってもことごとく再生。逆にグリッドマンを窮地に追い込み、他の世界への逃亡を図ろうとするアレクシスに対し、グリッドマンが思い出した「倒すための力でない本当の力」。そこで繰り出されたのが、なんと特撮版では怪獣を倒した後に被害を受けたコンピューターワールドを修復するために使っていたフィクサービーム。後から特撮版の設定を見たら、コンピューターワールドの修復だけでなく本当に人の心を浄化する力があるとなっていて驚きました。今回に関して言えば、街がアカネの心を具現化したものならば、それを直すことはアカネの心を直すことにもなるという理屈もあるのでしょうね。逆にアレクシスにとっては、不死身だったのにアカネを取り込んでしまったばかりに命取りになる弱点を自ら作ってしまったという皮肉な結果。また、フィクサービームだけでなんとかなるのではなく、最終的には裕太たちの言葉によって、自分の中にこもっていたアカネに自ら出てきてもらうというかたちにしたのもよかったですね。そして、実にトリガー作品らしい拳のぶつけあいを制し、ついにアレクシスに勝利するグリッドマン。敵を倒すことではなく、心を救うことによって勝利する。実にグリッドマンらしい勝利でした。

 戦いが終わり、別れを前に並んで語り合うアカネと六花。ようやく六花が渡せた定期入れを見て「どっか行っちゃえってこと?」と解釈しちゃうのは、ほんとそういうところだぞアカネと思いましたが。「私はアカネと一緒にいたい。どうかこの願いがずっと叶いませんように」と、最後の願いを告げる六花。大好きな友達だからこそ、こんな都合のよい世界に引きこもらないで、自分の世界で前を向いて生きていってほしい。切ない願いですね。

 そして、裕太たちとグリッドマンにも別れの時が。裕太の六花に対する恋心を勝手に明かしてしまうグリッドマンは、最後の最後まで天然ですね。別れの時にグリッドマンが言った「私は本当に信頼できる友達を持つことの大切さを改めて思い知った」の「改めて」に、特撮版を見ていた人間としては感慨深いものがありました。

 こうして神様もヒーローも去ったコンピューターワールドの街は、これまでと同じような日常へと戻ることに。フィクサービームの描写から察するに、もう街の外どころか地球全体が存在する状態になったのでしょうね。裕太にグリッドマンが宿った理由について考える六花と内海ですが、六花の考える理由は、「裕太がアカネではなく六花に好意を持ったから」。それはアカネが作った世界では小さなバグのようなものだったのでしょうが、それがきっかけで最終的にはアカネを救うことになったとは。そして、アレクシスに刺されて瀕死だったアンチは、二代目アノシラスに助けられていた。アンチの片目が青くなっていましたが、怪獣であると同時に人間にもなったということなんでしょうか。再びあの世界に危機が訪れたとしても、グリッドナイトがいるのならまずは一安心ですね。

 そしてラスト。眠りから覚め、ベッドから起き上がる一人の少女の姿が実写で描かれる。少女の正体は言わずもがなですが、この物語が「アニメ版のグリッドマン」というよりは、グリッドマンと少年少女の物語をたまたまアニメという特撮版とは別のかたちで描いたものだったんだということを感じさせる、アニメと実写の境界を超える意表を突いた素晴らしいラストでした。目覚めた彼女がこれから生きる世界は、自分でそうなるように作ったような、誰もが自分を好きでいてくれる優しい世界ではない。一度は逃げ出したぐらい彼女にとっては辛い世界でしょうけれど、願わくば、彼女を救い送り出してくれた友達の言葉を胸に、前を向いて強く生きていってほしいですね。

 いやあ、本当に素晴らしい作品でした。特撮版の設定を踏襲しながらも時代に合わせた独自の要素を加え、先の展開の予想を許さない物語。思いがけないかたちとタイミングで特撮版のファンの意表を突いてくる特撮版の要素。見る者の心の中の少年の部分のツボをこれでもかとばかりに押してくる燃えるバトルとメカの大盤振る舞い。単なる特撮ヒーロー番組のアニメリバイバルの枠をぶっちぎって昇華した全ての要素が想像以上でした。なにより、この作品によってウルトラマンに比べて圧倒的にマイナーだったグリッドマン知名度が飛躍的に高まったことが、かつてウルトラマンティガの放送開始以前の特撮ヒーロー番組冬の時代に現れたこのヒーローの雄姿をTVで見ていた人間としては、喜ばしい限りです。また20年先になってもいいから、特撮でもアニメでも問わないので、いつか再びグリッドマンが帰ってくることを早くも願っております。そしていつかは、ウルトラマンとの共演もぜひ見てみたいものですね。