BLACK DODO DOWN

HN:影月。「怪」のつくものを好み、特撮・ゲームを中心に、よしなしごとをそこはかとなく書き付くる。

このまま彼女を都合のいい神様にしちゃいけない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130131-00000105-spnannex-ent&pos=1

 あちらこちらで話題になっているようで。これまでにも似たような話は何度かあったと思いますが、さすがに女の子が頭を丸刈りにして謝罪する様子がYouTubeにアップされたともなると、ネット上での反響の大きさが違うのがよくわかります。

 件の映像に関しては、ただ「不快」としか感じませんでした。アイドルは誰のものでもない、ファンであるみんなにとってのアイドルでなければならないという考え方は、その善悪は別として現実に存在していますし、それをアイドルに求める人々がいて、その人たちの存在によってアイドルという職業が成立している以上、それを破るような行為をしてしまった彼女が謝罪にせよ釈明にせよ、その人たちに対してなんらかのアクションをとる必要があるというところまでは、まぁ理解できます。こう言うと語弊があるかもしれませんが、彼女は自分で自分の「商品価値」に傷をつけてしまったわけですから、彼女がこれからもアイドルとしてやっていきたいのなら、その失われた商品価値を回復させるためにも、それは必要なことなのでしょう。

 ただ、なんでそれが丸刈りなのかと。確かに女の子に頭を丸めてまで謝られたらそれ以上何かを言うのは酷というものですが、それ以上に痛々しさが先に立ち、直視することができません。ネットでもいくつも見た意見ですが、私も昔NHKスペシャルの「映像の世紀」で見た、第二次大戦下のパリ解放後、ドイツ兵と関係を持っていた女性たちが頭を丸坊主にされて晒し者にされている映像を思い出してしまいました。あの丸刈りが本当に本人の意思によるものかどうかはこの際関係ありません。度を越した謝罪は許すとか許さないとかを通り越して、それ自体が新たな問題となってしまう。今回のネットでの反響が、まさにそれを如実に表しています。

 今回の件に対する反応の中では、ナインティナインの岡村さんがオールナイトニッポンで発言したという内容に、共感が持てました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130201-00000014-rbb-ent

 特に、次に何かあったときはどうする?というのにはうなずけました。丸刈りまで行ってしまった以上、次に同じようなことがあったらどうするのか。既にこうしたスキャンダルは何度も起きているわけですから、きっと同じことは再び起こるでしょう。そのときにどう対応するのか。注目されるのは、むしろそのときでしょうね。

 まぁ、そもそもを言ってしまえば、生身の人間に偶像としての役割を求めるのが無理というものなのですが。木石で作られた像と違って、生身の人間は信奉者たちそれぞれが勝手に押し付けてくる願望や期待を何も言わずに受け止める器にはなれません。二十歳そこそこの女の子を都合のいい神様にしちゃいけないでしょう。