BLACK DODO DOWN

HN:影月。「怪」のつくものを好み、特撮・ゲームを中心に、よしなしごとをそこはかとなく書き付くる。

ブラックパンサー 感想

 「アベンジャーズ:エイジオブウルトロン」で鮮烈なデビューを飾ったヒーロー、ブラックパンサー。彼を主人公に据えた作品がついに公開されたので、早速見てまいりました。例によってネタバレを含みますので、未見の方はご注意を。

 人類が誕生するはるか以前、ヴィヴラニウムでできた巨大な隕石が地球、現在のアフリカに落下した。やがて人類が生まれ、この地で5つの部族が争いを繰り広げたが、やがてクロヒョウの神に選ばれた英雄が争いを収め、ワカンダという国の王となった。そして現代。爆弾テロで命を落とした父に代わり、新たに王の座と国を守る英雄「ブラックパンサー」の名を継いだ王子ティ・チャラだったが、そこへ「キルモンガー」と呼ばれた元CIA工作員の男が現れる。そして出生の秘密を持つキルモンガーの野心が、ワカンダに大きな動乱をもたらすことになるのである・・・。

 キャプテン・アメリカのシールドにも使われていることで有名な、地球で最も硬い金属ヴィヴラニウム。その一大産地であるワカンダは、そのヴィヴラニウムを利用してテクノロジーを発展させ、今ではスターク社の技術さえ凌駕する技術の力で未来都市のような文明を築き上げている。一方、そのヴィヴラニウムと技術を狙って他国から攻め入られることを恐れた歴代のワカンダ国王はそれをひた隠しにし、超文明都市をジャングルのホログラフで覆い隠し、国際社会には自らの国をアフリカの最貧国として偽ってきた・・・というワカンダの歴史が、今回の作品の非常に重要なバックボーンとなっています。

 ブラックパンサーはただのヒーローではなく、ワカンダという国を守り、そのかじ取りを務める王である。そしてそのワカンダは、その気になれば世界を支配できるだけの技術力を持っている。この「国王」という立場が、他のヒーローには無縁な苦悩を容赦なくティ・チャラに突きつけてきます。何しろ国家の指導者というのは、ただ高潔だったり人格が優れているだけでよい指導者になれるわけではありません。時には国を守るために非道の謗りを受けるようなこともなさねばならず、実際にティ・チャラは尊敬していた父が犯した非道の行いを知り、その行いがやがて国の危機を招くことになります。難しいのは、それとて必ずしも悪とは決めつけられないこと。よほどの愚か者でなければ、自ら国を傾かせようとかじ取りをする指導者はいません。国家の指導者の決定は全て当人がその時国家にとって最善と信じて行うものであり、その結果が正しかったかどうかは時が経たなければわからない。前王の非道な行いによって一つの危機が防がれたのは事実であり、一方、ラストでティ・チャラが下す大きな決断も、ワカンダや世界を正しい方向へ導いていくかは今の時点ではわからない。単純な正義や悪の枠組みの中ではとらえられない、王としてのヒーローゆえの難しさに、今までのヒーローにはない要素を感じました。

 そして、国王であると同時に彼のもう一つの大きなアイデンティティ。それは彼が「アフリカ系人種」であるということそのもの。とうの昔に奴隷制度が廃止された現在においても、アメリカでは人種差別が蔓延り、彼らの故郷であるアフリカは戦争と飢餓と貧困にあえぐ国が存在する。アフリカ系人種の置かれたその境遇を憂えていた父の遺志を継いだキルモンガーは、自ら王位を簒奪しワカンダの力をもって、かつて自分たちを支配した西欧文明を今度は自分たちが征服しようと企てます。不幸な出生による私怨からゆがんだかたちになってしまったとはいえ、虐げられているアフリカ系の人々を救いたいという思いはかつて公民権運動に立ちあがった指導者たちと同じものであり、キルモンガーを単なる悪役とは切って捨てられない、アメリカ社会の抱える闇がかたちになったダークヒーローともいうべきキャラクターにしています。物語の終盤、同じアフリカの同胞の行く末を案じながら相対する二人のブラックパンサー。ティ・チャラにキング牧師、キルモンガーにマルコムXの面影を見てしまうのは、穿った見方でしょうか。

 「国王」であり「アフリカ系人種」。二つの特異なアイデンティティーをもつヒーロー、ブラックパンサーですが、それをここまで前面に押し出した物語になるとは思ってもみませんでした。こういった人種の問題をヒーロー映画にとりこめるのは、多民族国家アメリカだからこそなせる業であり、そこに少しうらやましさを感じました。MCUの次回作は「アベンジャーズ:インフィニティー・ウォー」。ブラックパンサーの雄姿は、そこでまたすぐに見ることができるでしょう。