BLACK DODO DOWN

HN:影月。「怪」のつくものを好み、特撮・ゲームを中心に、よしなしごとをそこはかとなく書き付くる。

仮面ライダーゼロワン 最終回 感想

 ついにやってきた最終回、或人と滅の最終決戦。前回ゼアの中で其雄と対面した以上、もはやこれまでの或人のように悪意に踊らされたまま滅と激突することはないと思ってはいましたが、さすがに見事に納得のいく落としどころに落としてくれましたね。悪意を知ったからこそ、悪意と戦うことができる。考えてみればそれは、悪の組織によって生み出されたからこそ、自らを生み出した悪と戦うことができるという仮面ライダーの原点そのものでした。これまでこの番組で語られる「仮面ライダー」とは結局如何なる者か、どうもフワフワしていてピンとこなかったのですが、「悪意を知り、悪意と戦う者」こそ「仮面ライダー」であるということを、滅の激情を真正面から受け止めながら伝える或人の姿で、ようやく納得がいくことができました。同時に滅の姿は、「人間になったピノキオは本当に幸せだったのだろうか」という、原作漫画版人造人間キカイダーの最後のコマでの疑問に対する「人間になったピノキオは幸せでなかった。けれど、人間と同じように前に進むことはできる」という、この作品なりの回答にも思えました。

 

 そして、全面戦争寸前にまで至っていた人類とヒューマギアの対立は(本当にこの戦いの決着だけで収まるものとは到底思えないのですが)、一応の終息を見、平和な日々が訪れる中で、登場人物たちはそれぞれの道を歩きだすことに。中でも、再びアークが誕生しないように人類の悪意を監視する活動を始めた滅とそれに付き合う迅、元通りの仕事に戻った雷、AIMSと共に働く道を選んだ亡という滅亡迅雷.net4人のそれぞれ選んだ道は、今後のヒューマギアの生きる道をよく象徴していたように見えました。しかし、増えたさうざーたちと何か楽しそうにやってるけれど、お前は本来塀の中にいなきゃならないことをこっちは忘れてないからな、1000%。

 

 ただ、唯一納得できなかったのは、或人がイズそっくりの容姿のヒューマギアを作り、イズと名付けて育て上げていくことにしたこと。もちろん或人の心情もわかるし、視聴者としても(特に子どもは)イズだけが舞台にいないまま物語が終わることに寂しさを感じるのはわかります。しかしそれでも、新しい秘書は名前も容姿もイズとは全く違うものであってほしかった、と私は思います。或人にとってイズが人間と同じように大切な存在ならば、人が大切な人を喪った時のようにその死を受け入れ、別れを告げて見送り、ただ思い出のみを心の片隅において、新たな日常を歩き出す、そうあるべきだったのではないのかと。百歩譲って名前や容姿は同じでも、新しいイズは以前のイズとは全くの別人であることを或人が認め接していく、というのがわずかなりとも描かれればまだ安心できたのですが、新しいイズにギャグに対する対応を教え込んだり、以前のイズと全く同じ存在になることを求めているようでは、依然イズに対する或人の依存が解消されていないと、不安でなりません。

 

 …と、最終回まで内容の賛否の分かれる作品ではありましたが、途中にコロナという不測の事態が発生したにも関わらず物語をしっかりと終えることができたことについては、出演者、スタッフご一同に対する感謝と敬意の念を評させていただきます。本当に、おつかれさまでした。例年通りならば最終回の感想と合わせてシリーズ全体の総括を書くところですが、この作品についてはあまりにも書きたいことが多くなりそうなので、このあと別に記事を立ててそこで総括をさせていただきます。