BLACK DODO DOWN

HN:影月。「怪」のつくものを好み、特撮・ゲームを中心に、よしなしごとをそこはかとなく書き付くる。

怪談狩り 市朗百物語 感想

怪談狩り 市朗百物語 (幽ブックス)

怪談狩り 市朗百物語 (幽ブックス)

 しばらくの間怪談を読みたいと思いつつもなかなか惹かれる本がなくご無沙汰だったのですが、久しぶりに怪談本を手に取りました。著者は木原浩勝氏とともに「新耳袋」シリーズで「実話怪談」というジャンルを切り拓いた中山市朗氏。私の一番好きな百物語スタイルの実話怪談集です。

 以前中山氏が同じ幽Booksから出した「なまなりさん」から7年ということで期待をして読んだのですが、期待値を上げ過ぎてしまったせいか、十分面白いのですが、私が以前聞いて震えあがった「15日に行きます」とかに比べると物足りない・・・というのが正直なところでした。しかし、73話目の「だれだっけ?」という会談は他と毛色が違って記憶に残りました。話の筋だけ語るのは怪談の魅力を著しく損なうことと知りつつ、話の概要を紹介すると・・・

 ある美容師の男性の話。夜、仕事帰りに道を歩いていると、見覚えのない同い年ぐらいの女が「久しぶり」と声をかけてくる。女は彼の大学時代のサークル時代の思い出話を始めるが、彼と仲間しか知らないはずの内容を語っているにも関わらず、どうしても彼女が誰なのか思い出せない。さらに話は彼が当時付き合っていた女性たちの話にまで及び出す。二人しか知らないはずの、しかもサークル仲間にも誰にも紹介していない恋人たちと彼との情事を、懐かしそうに語るだけ語って、女は「また会おうね」と言って去っていく・・・。

 川端康成の小説に「弓浦市」という短編があります。初老の作家のもとを50歳くらいの女性が訪れ、30年前に九州の弓浦市という街で暮らしていた頃の作家との思い出話を懐かしそうに語る。女は作家から求婚されたことまで口にして去っていったが、作家にはそもそもそんな街に行った記憶すらなく、調べてみても九州に弓浦市という街はなかった・・・という話。「弓浦市」は自分の記憶にない話を他人に詳しく語られることの不気味さが漂う話ですが、こちらは自分しか知らないはずの話を他人に語られる不気味さに背筋が寒くなります。怪談と言うと幽霊や妖怪の話と直感的にイメージしがちですが、この話の女はそもそも何者なのか。他人には知りえない話をする以外は全くおかしなところのない普通の女に見えるその正体の不明さが、はっきりと幽霊や妖怪の仕業とわかる話よりもずっと恐ろしい。実話怪談が古典怪談と異なる最大の点は、皿を割ったことを咎められて殺されて井戸に投げ込まれ・・・といった因果の類が全く描かれず、ただ「起こったこと」のみがポンと突き放すように書かれるところですが、この話は怪異の対象である女が何者であるかさえ不明瞭な点が、まさに実話怪談中の実話怪談と言えるでしょうね。

 今回収録の作品の中で現在調査中として語られている「ある村についての祟り」がいつ本になるか、今から楽しみです。